いさわ路探訪「いさわふるさと再発見めぐり」(後編)

2017 06 26
昨日に引き続き、2017年6月22日(木)開催した
いさわ散居ガイドの会主催いさわ路探訪『いさわふるさと再発見めぐり』の後編をお届けします。

ひめかゆ温泉で昼食、各自温泉などをお楽しみいただいた後は
奥州湖交流館で開催されている『旧穴山堰を語り継ぐ企画展』をご覧いただきました。
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胆沢ダムの堤体が築かれたこの場所こそが胆沢扇状地最古の用水堰と云われている
旧穴山堰の取水口があった場所で、現在の馬留広場から眺められる場所に
たくさんの旧堰の史跡が残されています。
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旧穴山堰の武兵衛穴出口の場所のみ現在実際に行ってみることができる場所です。
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胆沢ダムの洪水吐の真下でいさわ路探訪の記念写真撮影をしました。

その後は国指定史跡大清水上遺跡へ移動します。
何もないこの平らな土地には縄文遺跡が眠っています。
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大清水上遺跡は平成20年に国指定史跡となった縄文時代の遺跡で、
この地域の皆さんが呼んできたとおりに「大清水」を「おおすず」と読ませます。

大清水上遺跡を後にして続いては胆沢区若柳横沢原にある十三軒ため池へ。
水の郷未来館の裏手にあり、道路からは見えないのですが大きなため池です。
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昭和13年に当時の南都田村の村有地として建設されたものです。
山林原野だったこの周辺に水田を広げるため、入植して耕作されました。
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今回はいさわふるさと再発見めぐりと題して、あまり知られていない史跡旧跡の数々を巡りました。
ご参加いただいた皆さんにもお楽しみいただけたようです。
いさわ散居ガイドの会では例年6月10月にいさわ路探訪を開催し、
地域に眠っている先人の足跡を辿っています。
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先人たちが苦労して作り上げてきた美しい水田地帯を進みながら、
それぞれの土地にそれぞれの歴史があることを伝え続けていきたいと思います。

次のいさわ路探訪は10月を予定していますが、スケジュールは未定です。
ぜひ次回もお楽しみに(^_^)/~

いさわ路探訪「いさわふるさと再発見めぐり」(前編)

2017 06 25
2017年6月22日(木)
恒例となりましたいさわ散居ガイドの会主催
いさわ路探訪『いさわふるさと再発見めぐり』が開催されました。

今回のいさわ路探訪は、普段は知らずに通り過ぎているところにも
たくさん残されている先人の足跡をご案内しました。

まずは胆沢の散居風景を眺望できる唯一のスポット、見分森展望台へ。
気持ちのいい朝の空気を感じながら松林の中を進みます。
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雲は残りますが、心配された天候も回復し、綺麗な散居風景を眺めることができました。
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続いては 国指定史跡の角塚古墳へ。
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いつもは国道397号沿いから見ていますが、今回は南側から古墳近くまで行ってみます。
今では緑に覆われている古墳ですが、調査によると石が敷き詰められていたことなどが
わかっていることがガイドによって説明されました。

角塚古墳から国道397号を西へ向かい、若柳供養塚を通って於呂閇志胆沢川神社を参拝。
古道仙北街道のままの参道を歩き、長く信仰されてきた神聖なお宮で今回の旅の安全を祈願します。
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この神社のある土橋から寿安堰はさらに分かれて
胆沢平野の上段部を潤していることも併せてご案内します。

そして一行は徳水園へ。
この円筒分水工から茂井羅堰と寿安堰に水が分配されるようになった昭和30年代、
長く農民たちを苦しめてきた水争いが解消されたことや、
徳水園に並ぶ、胆沢幹線水路開削の先覚者を讃える碑をご覧いただきました。
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続いてはおあご橋へ。ここは旧寿安堰取水口があった場所で、
古い時代の取水口跡が川の流れの中に見ることができます。
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さてさて、いよいよ、わが町バンザイで紹介された鹿合の子養観音堂へ。
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ここは地元の皆さんから「オショレンジさま」と呼ばれ、安産の神様として信仰されてきたお堂です。
管理されている井面さんに詳しく案内いただきました。
お堂の中にはたくさんの小枕が奉納されています。お産の際に小枕をお守りとして借りていき、
無事お産が終わった後には新しい小枕をひとつ作ってお返しするということがいつの時代からか
繰り返されてきたそうです。
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時代は巡り、訪れる人も少なくなった子養観音堂ですが、これからも人々の祈りを伝え続けてほしいですね。

ここまでが今回のいさわ路探訪午前の部・前編です。
明日は後編をお届けします。

ニホンカワトンボ とお見受けします

2017 06 24
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胆沢川に架かるおあご橋の近くで見かけました。
輝くオレンジ色の綺麗な羽のこのトンボは「ニホンカワトンボ」かなぁとお見受けしましたが、
もしもトンボ違いでしたらすみません。

ウガヤフキアエズノミコト・・・屋根葺き職人の守護神

2017 06 23
胆沢区若柳の於呂閇志胆沢川神社の境内、ゲートボール場の北側に並ぶ石碑群。
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中に、『鸕鷀草葺不合尊』と刻まれた石碑が。漢字が難しすぎて読めません。
『ウガヤフキアエズノミコト』と読むそうです。
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胆沢区内には10基ほど確認されていますが、大正四年から昭和丗三年まで建立されています。
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胆沢町史には
・・・・昔、九州宮崎の鵜戸崎の断崖上にある鵜戸神宮に由来するもので、
航海中の舟の中に産気づいた女の神があった。あわてた舟の者共は、この女神(産婦)を助け度い一存から、なんとか、鵜戸崎に上陸して、この近くの鵜の鳥の羽でお産小屋の屋根を葺くことになり、一生懸命葺いたが、葺き終わらないうちに、とうとう近くの岩屋根の下でお産を終えた。以後この赤ん坊の名前は、屋根が葺き終わらないうちに生まれたので鸕鷀草葺不合尊といわれ、屋根葺職人の加護にあたった。この故事によって亡くなっても屋根葺職人の守護神としてまつられた。
・・・・農業の片手間に職人として活躍した人々が、大正四年から昭和丗三年まで屋根葺き仲間が建立したもので、深い信仰が伝えられていたものである。

と記載されています。  (胆沢町史Ⅲ第4章第五節1-40)

不思議な話の展開で、屋根葺き職人の守護神となったウガヤフキアエズノミコト。
屋根をおおうことを「葺(ふく)」というようなので、
茅葺き屋根が少なくなったいまでも、
屋根葺き職人さんたちの守護神として信仰されていることと思います。

『ちらくえん』があるお社

2017 06 22
胆沢区若柳、鳳凰寺の北にある桜の木に囲まれたこのお社、
花見の時期にはとても綺麗だろうと想像できます。

そういえば前にもこのお社について調べてみたんですが、
熊野社?で間違いない?と自信が持てずそのままだったのです。
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もう一つの謎は、お社の東側に『ちらくえん』と看板があること。
この場所についてはもう少しちゃんと調べてなければならないことだらけです。
170619ちらくえん

まだ若いカラスが枝に止まっていて親ガラスを呼ぶものだから、
親ガラスは怒ってギャーギャー騒ぎ始めるし、怖い怖い(´;ω;`)

6/21(水)本日定休日です。

2017 06 21
本日6/21(水)は定休日です。

本日のお問い合せは
(一社)奥州市観光物産協会 0197-22-7800   または
胆沢総合支所産業振興課 0197-46-2111へお願いいたします。
シャゴミも色づいてきました。
170615しゃごみ
この赤い実についても、地域ごとに呼び方があるようで、
『シャゴミと』呼ばれていたり『グミ』とよぶ人もいたりします。

私は「シャゴミ」派です。

見上げると楽しい空

2017 06 20
170619そら
ポンポンした雲がぽんぽんぽんと並んでいました。
晴天もいいけれど、雲のある空も楽しいです。

曇り空だけど

2017 06 19
170619焼石
西山には雲がかかっていません。


焼石山頂の下、姥石平に広がるお花畑をご存知でしたか?
6月2週目ごろが見ごろと云われているため、
この土日は焼石岳の登山もピークを迎えたことでしょう。

いわて自然公園特派員だよりから登山道の状況やお花開花情報等をご覧いただけます。

奥州胆沢劇場からのお知らせです!!

2017 06 18
平成30年2月公演を予定している奥州胆沢劇場からのお知らせです。
平成29年7月30日(日)を締め切りで胆沢劇場の原作を募集しています。
原作募集劇場 (354x500)
また胆沢劇場のさまざまなスタッフも募集しています。
キャスト募集劇場 (354x500)
住民参加による奥州胆沢劇場を一緒に作り上げていくスタッフです。

原作募集及びキャスト&スタッフ募集についての
詳しいお問い合わせは、http://isawabunso.com/←胆沢文化創造センターWEBサイトよりご確認ください。

緑の中のお社

2017 06 17
170615山の神
土橋の国道沿いにひっそりとたたずんでいます。
ダム建設で移転してこられた住宅の横に建っていて、馬留からの移転と思われます。

山神様で
町史には
安永風土記記載の社。
市野々荒屋敷から明治10年頃天沢の高橋方に移り、昭和10年頃、馬留の地に移り祀られている。と。

そして現在は土橋に。それぞれの時代、それぞれの場所で、大切に祀られています。

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