今年も「虫送り」行事の季節です。

2016 06 09
奥州市で唯一続けられている胆沢区若柳市野々地区の虫送りの行事。
今年は6月5日におこなわれましたが、
昔は田植えが終わったころの5月下旬に行われていたようです。。
現在の胆沢ダム堤体の下の馬留から出発し電源までのルートだったのは、
胆沢ダム建設による馬留、市野々地区の移転が始まる前までだったのでしょうか。
現在はひめかゆ温泉近くの山神さまから林尻の東端までですが、
ダム建設まえは電源までしか家はなかったということでした。
さらに昔は、各集落ごとに虫送りの行事が行われていたそうです。
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夕方に山神様から出発、ほら貝のあとに「オクルオクルヤイネノムシオクルヤ」と
声を合わせて歌いながら手には桑の枝をもって、トロッコ道跡を歩きました。
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通り沿いの各家々ではお菓子やジュースをもって子供たちがくるのをまっていてます。
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そもそもは、だんごや餅を桃の木にさしたもので、
家の門口のところに棒をさして枝を括り付けておいて、それを子供たちがもらっていったそうです。
なぜ桃の木だったのか、
はっきりしたことはわかりませんが、
どこのうちにも桃の木があったからじゃないか、という方もいました。
ほら貝がそこを抜いた一升瓶だったり、お菓子はだんごだったり、
出発点と終着点が変わっていったり、
時代とともに少しづつ変化しながら続けられてきた地域の行事、
変わってゆくことを受け入れながらだからこそ、
続けられてきた「市野々の虫送り」なのかもしれません。

これから何十年か先、今の子供たちが大人になったとき、
昔はこうだった、ああだった、と時代の移り変わりを語る日がくるのでしょうか。

小野寺わら工房で農はだてを実演 

2016 01 13
1月11日(月)小野寺わら工房で農はだての実演がおなわれました。
農はだてとはこの地方に古くから伝わる農家の仕事はじめの行事で、
1月11日に行われていたといいます。
前日の午後から準備に取り掛かり、当日は夜明け前に起きだして農作業で使用する縄をないます。
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小野寺わら工房の延吉さんが「もどつ」と呼ばれる荷鞍縄の縄ないを実演してくれました。
通常の縄ないとは違って左縄(左縒)なので、慣れている人でも手が痛くなり、
また力がいる仕事だったそうです。

ほかに田掻き縄や荷縄を必要分、午前中のうちに仕上げ、
その後は家のみんなでもちを食べたということです。
これらの行事は各家々で行われるもので、
農はだての日に厩肥を束ね田んぼの雪の上に並べて置いたところに
15日になると6把、豆殻などを雪にさし、豊作を祈る行事も行われていたそうです。
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現在この風習は、例年2月第二土曜日に開催される「全日本農はだてのつどい」で再現されるのみとなり、
各家々で行われることはなくなっています。

正月休みがあけ、今年の豊作を祈り、1年の農作業が始まる日、
空はあおく澄み、冷たい風は吹いていましたが、清々しい気持ちで
小野寺わら工房の農はだてを見せていただきました。
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わら工房の皆さん、お疲れ様でした。
福取り餅もとっても美味しかったです(*≧∪≦)
来月には胆沢の冬のまつり「全日本農はだてのつどい」でこの行事が再現されます。
どうぞみなさん、2月13日(土)は胆沢野球場特設会場に足をお運びくださいね。

市内唯一の『虫送り』

2015 06 09
胆沢区若柳市野々の山の神さまに6月7日(日)の夕方、集まっていたのは、
市野々地区のみなさん、お年寄りから子供たちまで、
これから始まるのは、奥州市内でも唯一残っている風習、『虫送り』の行事。
市野々虫送り保存会のみなさんによって伝えられています。
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昔は馬留から出発していましたが、ダム工事などで石碑等の移動も行われたため、
現在はこの場所からの出発、別当の安倍さんが代表して神様を拝んだ後、
お神酒や子供たちにはジュースがふるまわれ、法螺貝の音を合図にいよいよ出発です。
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子供たちは手に桑の枝をもち、『オクレオクレヤイネノムシオクレヤ』と唱えながら歩きます。
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地域のみなさんは法螺貝の音が近づいてくるとおやつや飲み物をもって門口に立ち、
虫送りのご一行が来るのを待っています。
一軒一軒からさまざまにふるまわれ、最終地点電源前まで到着するまでに
子供たちのお腹もいっぱいになることでしょう。
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ある一軒のお宅では団子を枝にさしたものを子供たちに渡していました。
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昔は、このように団子をさした枝を門口にさした木に括り付けておき、
それを子供たちが集めていったというお話も聞くことが出来ました。

昔、この行事への参加を嫌がっていた小学生だった息子さんも、自分がお父さんになると、
子供たちを送りだすようになる・・・その時代によって、大切にされたり、
面倒がられたりしながらも、このように続けられてきた虫送りの行事。
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ワイワイガヤガヤ夢中になってその季節の行事を楽しむ大人達の姿、その姿を見ながらこの子供たちは
大人になり、親になり、そして初めてこの地で育まれてきたこと、その価値を知るのかもしれません。

前回の記事もご覧ください。→2013-06-11 オクレオクレオクレヤ イネノムシ オクレヤ

薬師清水の信仰

2015 06 06
胆沢区南都田化粧坂薬師堂の西方に薬師清水と呼ばれる湧水があります。
この地方で有名な『作用姫(小夜姫)伝説』にも登場するこの清水、
伝説にはこの清水で目を洗った小夜姫の盲目の実母が開眼治癒したと描かれています。
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「諸病に効験があったが、特に眼病に霊験あらわれたと伝える。」
と胆沢町史にあるとおり、
昭和の年代までは、広く目の如来さまとして知られ、
老人たちが気仙や両磐から観光バスで訪れていたということです。

現在はひっそりと静かな薬師清水、
薬指で三回目につけると効くと信じられていたそうです。

西山のモッコ形

2015 05 25
西山の横岳が畚の形に雪が溶けて、苗が三把残ったように、三ツの黒点が現れるころの
入梅前後の二週間が、昔から田植えの適期とされていたそうです。
150525焼石連峰
少し崩れてしまったような感じではありますが、横岳に『しょいもっこ』、現れています。
何処にあらわれているか、『しょいもっこ』がみえますか?
『しょいもっこ』とは、↓のように背負えるようにつくられた畚のこと。
もっこ
昔の田植えは6月がピークだったそうです。

植えてはいけない言い伝えが安倍家に・・・

2014 08 31
この季節、畑には芋の子(里芋)のひときわ大きな葉っぱがイキイキと空を仰ぎ、
葉の上にポロロンと水滴を転がしていたりします。芋の子が食卓にのぼるのももう間もなく!!
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秋がくれば、芋の子汁、芋の子会と当たり前のように食べるもの、行われる行事の主役級。
どこの家でも芋の子は必ず植えているお野菜と思っていましたが、
この芋の子を「植えてはいけない」との言い伝えが残る家がありました。

胆沢区若柳の一部の安倍(あんばい)の姓のお家です。

その理由とは・・・

大昔の戦の最中、安倍(あべ)氏が芋の子の茎や葉っぱを踏んづけてすべって転んだのだとか・・・
そのことが原因かどうか・・・安倍氏は戦に負けてしまいました。
以後、芋の子を植えてはいけないと安倍家には伝わっているのだそうです。

お話をお伺いした愛宕の安倍さん。嫁いできた時からおばあさんたちにそのように教わり、
畑には芋の子を植えていません。とのこと・・・
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この地方の歴史での大きな戦で安倍氏が登場するのは、
源頼義・義家親子と奥州の豪族安倍氏の戦いである前九年の役のころ。
胆沢区には前九年の役の際、源軍に追われる安倍氏の逃亡ルートが安倍の道として
伝えられており、各地に地名やゆかりの地として残ります。
そのひとつには地名として残る『大歩(おおあご)』があり、
胆沢区若柳の胆沢川沿い、源義家に追いつかれそうになった安倍貞任が
大股で歩いたことから『大歩』という地名になったと伝えられています。
その前九年の役の最中のことだったか、いつの戦の話であったか、
定かではありませんが、
先祖代々、芋の子を植えてはいけないという言い伝えが、
一部の安倍家には伝わっているそうです。
その伝わり方も『安倍貞任源義家』の戦いと限定されている話もあれば、
だれかはっきりとわからないけれど安倍氏のこと・・・をざっくりなお話も・・・
いずれにしても、芋の子ですべって転んだところは共通点・・・

また同じく若柳愛宕地域の加藤家(の一部)には同じような話ではありますが、
登場する人物が変わり、加藤清正が戦いの時~と、
芋の子の茎や葉っぱを踏んづけて転んだために、里芋を作ってはいけないとの
言い伝えがあるそうで、現在も芋の子は植えていないそうです。

みなさん、『ま、食べてはいけないってことではないからねぇ~』といい、
この言い伝えがあり芋の子を植えていないと知っている方々から、
たくさんのおすそ分けがあるそうなので、それほど困っていることでもないんだとか

この言い伝えも、半信半疑ではあるけれども、だめだよ、よくないことがおこるよって言われていることを
わざわざする必要もないからね~と笑ってお話してくれました。

真意のほどはわかりませんが、このお話がいつのころからか言い伝えられて
今でもその言い伝えを守り続けている方々がいらっしゃる、
芋の子を植えてはいけないお話でした。

市内イベント情報( 奥州市観光物産協会スタッフブログより)
アテルイの里温泉郷スタンプラリー2014
映画【リトル・フォレスト】の世界へ!

夏の味 盆の味 

2014 08 21
綺麗な琥珀色のプルンとしたこれ、”ところてん”です。
ところてんみそ漬け1
市販されているところてんの色とは違っていますが、それは『ところてんのみそ漬け』だから。

胆沢区若柳、昭和30年代くらいまでの話でしょうか、
昔は夏になると各集落を天草売りの人が回って歩いたので、
その人から天草を買い、各家でところてんを作ったのだそうです。

ところてん作りに取り掛かる頃になると
おばあさんやお母さんから『野ブドウ取ってこーい!!』との命をうけ、
子供たちは野ブドウ探しに走るんだとか・・・
この野ブドウというのは、本当は『エビヅル』という植物のようですが・・・
おそらく凝固作用のために用いたんじゃないかとおっしゃっていました。
天草と一緒に青い実を煮るんだそうです。

そうして煮た天草を濾す際には蕨のホダを何層にも重ねて濾したものなんだとか・・・
濾し器もなかった時代、様々な工夫を凝らして作られていたことが伺えます。

そして出来上がったところてんを今度はみそ漬けにして保存食に。

みそに唐辛子とところてんを漬け、2か月ほどで全体が琥珀色に。
ところてんはみそ味に漬かり、身もキュっとしまってやや歯ごたえも強くなった感じかも。
ところてんみそ漬け2
不思議なことにこのところてんのみそ漬け、
主に若柳のある地域では当たり前に作られていたそうですが、
その他の若柳、小山、南都田地域ではあまり聞いたことがないとか。

今ではところてんを作るご家庭は少なくなったようですが、
市販のところてんを買ってきて、みそ漬けを作っているご家庭はまだあるようです。

チャンスがあったら食べてみてください。ご飯がすすむお味です。

産直いさわあぐりキッズでは夏になると手作りのところてんが販売されます。
過去記事もご覧ください。
2013-08-08産直いさわ あぐりキッズの手作りところてん

春の言い伝え

2014 03 19
昨日3月18日は彼岸の入日。
そしてカレンダーによっては『社日』という記載があるものも。

社日ってなんだべ?と調べてみたら、
土地の神様(産土神)を祀る日なんですって。

社日が彼岸の入日より遅ければ寒さがぬけがたい。
社日より入日が早いと暖かさが早くくる。

野菜作りをされている方がおばあさんから教えられたという春の言い伝えです。
この言い伝えにしたがって、農作業の進め具合に気を配りながら、
冬から春への移り変わりの時期を過ごしているそうです。
さて、今年は社日と入日がおんなじ日です。
こんな年はどっちつかず


昔から人々は社日や彼岸を農作業の目安としてきたそうです。
140318田んぼ
田んぼや畑では、今年降った大雪の下、土地の神様が今年も美味しい農作物が育つようにと
土地に力を与えてくれているのでしょうね。

旧家の門口のサイカチ

2014 03 15
胆沢区南都田、胆沢文化創造センターの北側の旧家の門口に
市指定文化財の樹齢200年以上のサイカチの木があります。

案内板には
昭和30年代までは、町内あちこちの旧家の門口にそびえていたというが現在ではわずかしか残っていない。
サイカチの実は、セッケンが普及するまで、洗剤として貴重なものであった。

と書かれています。
140312サイカチ2 140312サイカチ1

門口にサイカチの木を植えたその理由については、
悪魔払いの意味や鎌倉・室町時代にこの一帯を統治していた「葛西氏」に
関係しているなど諸説あるようです。
140312サイカチ3

3月とはいえ、毎日のように雪が降っているので春はまだまだ遠く、
サイカチの木も寒々とした様相ですが、
夏にはしっかりと葉を茂らせ、黄緑色の花を咲かせ、落花で路を覆います。

その頃にまた、このサイカチの木のその若々しい姿をお届けします

お盆料理の一品にどうぞ。

2013 08 11
やっと夏らしくなった胆沢区。でももう立秋を過ぎ、暦の上では秋なんですね。

お盆も近づいてきて、帰省客をお迎えする準備にも忙しくなってきた頃と思います。

毎月第一水曜日に開かれている渡辺貞子さんのお料理教室、
今回はお盆に作りたい三品を教えていただきました。

一品目は『なす』、今が旬の食材ですね。調理法がマンネリ化してきます。
二品目は『やき麩』、水で戻して使います。
三品目は『吉野くず』、これは必ず『吉野くず』を使ってくださいとのこと!!
さぁ、なにができるんでしょう!!
食べることが一番の楽しみもちろん、少しでもお料理の腕が上がることも期待してます
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吉野くずで作るのはくるみ豆腐です。
精進料理などで作られていたゴマ豆腐やくるみ豆腐。
冷やして固めなければなりませんので、一番初めにとりかかります。
くるみは軽く炒ってすり鉢ですります。
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丁寧に裏ごしし、くるみの残りが少なくなるまで、する、裏こすを繰り返します。
うらごしはなるべく目の細かい物で。そうしないとざらざらした舌ざわりになってしまいます。
鍋にくず粉、砂糖を加え、水を少しずつ入れて良く混ぜ合わせて、裏ごししたくるみを混ぜたら、
鍋の底から練り混ぜ、火にかけます。焦げ付かせないよう混ぜながら火にかけ、弾力が出たら、
水にぬらした型に入れ、冷やし固めます。
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型に入れた後、ちょんちょんとへらでさし、中の空気を抜きます。
つゆは、だし汁、みりん、薄口しょうゆ、塩をいれひと煮立ち、さましておきます。

次は、『なす』、この日の朝採ってきたばかりのつやぴかの『なす』、すでに美味しそうです。
ヘタをきって、縦に六つ割りにして水にさらしてアクを抜きます。
しばらく置いてアクを抜いたら、水気をふき、油であげます。
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だし汁、砂糖、しょうゆ、みりんで作りひと煮立ちさせ、冷やしておいた煮汁に、
揚げたなすを漬け込んでおきます。

ここでは必ず一番初めにだし汁を作っておきます。
だし汁は、水、だし昆布、花かつおでとります。そのおいしいだしが、
各お料理に使われます。

続いては、『やき麩』です。
水に戻して、水分をちゃんととり、一口大に切ります。
130807004.jpg材料は、ショウガのすりおろし、しょうゆと酒です。
これって何かを作るときの味付けですよね。
さてなんでしょう?

水気をきった麩に先のしょうが、しょうゆ、酒を
混ぜあわせて味をつけます。

そして、片栗粉をまぶし、油で揚げましょう。二度揚げするとさらにかりっと綺麗に揚ります。
すると、じゃじゃーんまるで『鳥の唐揚げ』でしょう!!
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味も食感もまるで唐揚げ、お肉が苦手な方にもお薦めです。

そして、参加するお母さん達からの差し入れもこの教室での楽しみのひとつ。
今回は枝豆ときゅうりのお漬物、いただきました。
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きゅうりを切って塩を振っただけ、ふのりを入れただけ、といいますが、
そのやわらかな塩加減、ふのりを加えるアイディア等もとても勉強になります。

本日のランチメニューは、麩の唐揚げ、なすの煮びたし、くるみ豆腐の三品です。
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どうぞ召し上がれ はい、いただきます。

色鮮やかでやわらかな食感のなすの煮びたしは、冷蔵庫で冷やして食べたい一品。
きちんと取っただしの風味がいつもより上品な味に仕立てています。
細切りのショウガを添えていただきます。 

鳥の唐揚げにも引けを取らない麩の唐揚げ。
この初めての出会いに感謝したい気分です。

そして、くるみ豆腐。つゆをかけて、わさびをのせていただきます。
なめらかでやわらか、この手作りの味を知ったら売っているものはもう食べられないとか。

やさしいおふくろの味でお客様をお迎えしたいですね。
お盆料理の一品に、今回ご紹介したお料理をどうぞ加えてみてください。

前回の記事もご覧下さい。
2013-03-27 渡辺貞子さんがつたえる おふくろの味 
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