焼石連峰の紅葉

2017 10 16
171016焼石
焼石連峰の紅葉は中腹の辺りの色づきがきれいに見え、
上の方は色あせてきたように見えます。

国道397号の焼石ビーチラインも紅葉シーズン。
綺麗な山々の紅葉をお楽しみください。

中秋の名月の次の日、満月の前の日

2017 10 08
10月7日(土)8日(日)は胆沢ダム周辺で
2017胆沢ダムフェスin秋が開催されています。

7日、8日両日は、胆沢ダムカフェや産直コーナー、カヌー体験巡視体験など
8日はダムヨガもお楽しみいただきます。
皆さんで胆沢ダムへお出かけください。

中秋の名月の次の日、満月の前の日の5日、
大きなお月さまが東からのぼってきました。
171005おつきさま
西を見れば日が沈んだ後の静かな山並み。
171005夕暮れ1
この時間の空の蒼さは、
今日の夕飯何にしよっかな・・・という毎日の憂鬱を少し和らげてくれます(´∀`*;)ゞ

10月 衣替え

2017 10 02
171002登校
衣替えの10月、中学生も学ランやブレザーを着て登校です。

自転車だと、まだ少し暑いかな

稲刈り始まりました

2017 09 28
稲刈りも始まりました。
あっちこっちの田んぼで機械が働く音が聞こえます。
170927稲刈り

ホンニョで天日干しをしている田んぼもあります。
170927ほんにょ

焼石連峰は紅葉シーズン

2017 09 22
焼石連峰がきれいに見える今朝、
山頂付近一帯が赤く染まり始めているのが里からも確認できます。
画像ではわかりにくいですね
170922焼石
これからの焼石は紅葉シーズン、登山者もたくさん訪れることでしょう。
十分気を付けて、焼石岳の紅葉をお楽しみください。

日暮れもだいぶ早まってきています。
170921日暮れ
早めに帰りの準備に取り掛かりましょう。

田んぼと彼岸花と空ととんぼと

2017 09 16
170915とんぼ
心配された今年のお米の出来も
県全体でやや良ということで少し安心しました。

大きな台風がやってくるというニュースが流れる週末、
嵐の前の静けさといったところでしょうか、
黄金色に変わりつつある田んぼを風が渡っていきます。
彼岸花も咲き始めています。

トンボものんきに飛んでいます。

ハレの日は奥州湖眺望台へ

2017 09 04
いくらか天気が良かった9月1日に奥州湖眺望台へ行ってみました。
遠くの街並みや北上高地も見え、まずまずの眺望でした。
170901眺望台1
170901眺望台3
170901眺望台4
胆沢ダム湖・奥州湖から焼石連峰もここからならきれいに見えます。
焼石の山頂付近の紅葉は例年9月下旬には見られるようになります。
奥州湖眺望台からみる山々の紅葉もきれいです。
170901眺望台2
胆沢へお越しの際には、胆沢ダム右岸高台にある奥州湖眺望台へ

奥州湖眺望台は
奥州湖交流館前から胆沢ダム堤体の方向へのびる市道を進み、左の方向へ。
ぐねぐね山を登ったところにあります。

大空と大地

2017 08 26
小山鞍骨の周辺、キジ、ユキツバキ、エグネ・キズマ、ヤマユリと
170825oyama3.jpg
八幡神社の赤い鳥居など、胆沢にちなんだ絵がタイルで描かれているこの施設。
170825oyama2.jpg
この施設の名前がわかりません。そして役割も。
見慣れたものなのに、なんだべ、やんだごど(´;ω;`)

170825oyama 1
久しぶりの青空、何もかもがきれいに見えます。

青空に逢いたい

2017 08 19
稲穂が出て、トンボが飛んで、エノコログサは黄色くなりつつありますが、
お日様は顔を出さず青空にも逢えないこの夏。
170818たんぼ
日照不足で野菜やお米の生育が心配されています。

『冷夏だ』『タイ米だ』と騒いだのはもう20年以上前の事らしいのですが、
あの夏は半袖を着る気にもならないくらい寒い夏だったことを覚えています。
あの夏に比べれば、今年はまだ気温は高いような・・・・

だけど・・・・もうそんなに前のことなのかー(´;ω;`)
と思ったのはわたしだけではないはず( ^ω^ )

堤のある風景

2017 08 17
小山二の台の辺りをうろうろしていると
堤に看板が設置されていました。

胆沢の堤の多くに人の名前が付けられています。
半蔵、正吉、治平、安吉など、作った人だったり、関係者の名前が付けられているようです。
この二の台地域にある
宮蔵堤や正吾堤もご多分に漏れず。

170806ため池1
文政九年頃、宮蔵さんのお父様の代にかんがい用水施設として造られ、
時には逆さ堰に注水して下流の用水源としても貢献した歴史ある堰です。
とあります。
170806ため池3

正吾堰は、
昭和十九年に~
戦後の入植者による食料確保のためのかんがい用水施設として造られました。
とあります。造ったのは正吾さんのお兄様 庄治さんだそうです。

170806ため池5
どちらの堤も自然環境の中で農業が営まれていたころに役立ち、
その後農地整備等が国策によってなされると次第に役目を終え、
手入れもされずに荒れていたところを地域の皆さんによって整えられ現在に至ります。

堰の開削と同じように、この地域の農業を支えてきた堤の存在も大切に引き継がれています。
170806ため池6
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