胆沢川にかかる橋 上鹿合橋

2011 06 06
鹿合橋の西にかかるのが、上鹿合橋です。この橋も小さな橋です。
橋の北側に、石碑が三基並んでいます。
山神、金華山、馬頭観世音です。
上鹿合橋北
同じ胆沢川を見るにも、その場所によって川の表情も違って見えます。
川幅を狭くしたり広げたりしながら蛇行しています。

上鹿合橋から西 上鹿合橋 上鹿合橋から東
ここにも藤の花が咲いていました。
一雨ごとに木々の葉っぱが色を濃くして川辺の風景を彩ります。



胆沢川にかかる橋 鹿合橋

2011 06 04
胆沢川にかかる橋 鹿合橋からの風景です。

鹿合・・・「ししあわせ」と読みます。
鹿合橋
「ししあわせ」の”し”の字がひとつかけて、「しあわせばし」となっていました。
なんとなくほのぼのした気分になりました

鹿合橋から西  鹿合橋記念碑 鹿合橋から東

橋から西を眺めると大きな岩が ”ごろり”とあります。

橋のたもとには記念碑が。
「此の橋は昭和廿五年に着工同廿六年に竣工を見・・・・・・・・・・部落民の歓びを記念し後世に伝えるものである」
とあります。現在の橋は昭和四十年八月に完成した橋ですが、
昭和廿五年当時、橋が完成した時の歓びと感謝の気持ちがこの碑に記されているようです。

鹿合橋から東を眺めると、県道37号線の門ヶ城橋が見えます。

この橋を渡って県道37号に出る事ができますし、
この橋の西にかかる上鹿合橋を渡って国道397号に出る事もできます。

鹿合という地名は、鹿が東西から歩いてきて合わさったところからきているという説があります。


胆沢川にかかる橋 大歩橋

2011 06 02
胆沢川は焼石岳を源にし、胆沢区を西から東に流れ北上川に注ぎます。
川にかかる橋からみえる新緑の美しい川沿いの風景です。

すぱおあごの入り口を通り過ぎ、少し進むと「大歩橋」が見えてきます。

大歩橋

その昔、源義家に追われた安倍貞任が金ヶ崎の鳥海の柵に向かうとき
この周辺を大きな歩みで逃げた事から、大歩(おおあご)の地名がついたとも伝えられています。
また、大石を飛び跳ねながら川を渡ったことから、という説も
すぱおあごの名前もこの地名から付けられています。
ちなみに、小歩(こあご)という地名もあります。
大歩橋から焼石連峰  寿安堰看板 大歩橋から東

大歩橋から西をみると焼石連峰が綺麗に見えました。画像でははっきりしませんが

橋の手前に寿安堰旧取水口の看板があります。

藤の花が咲く季節、大歩橋周辺にも咲いていました。画像では色が出てませんが

橋の向こうに民家がありますが、袋小路になっていて通り抜けできませんのでご注意下さい。
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