胆沢ダム直下に最古の用水路旧穴山堰が。

2014 10 25
今から450年~500年前につくられた全長約1.8キロメートルの農業用水路が、
旧穴山堰。今も昔も農業用水の要が現在の胆沢ダムの場所であることに、
感慨を強くします。
旧穴山堰は胆沢ダムの真下に位置するため、
平成10年から詳しい発掘調査が行われたそうですが、
いつ、だれが、どのようにして造ったのかはいまだ謎に包まれたままです。
現在、立ち入りは制限されていますが、胆沢ダム直下には胆沢川から取水し、
前沢の白鳥方面へと水を引いた最古の堰の史跡が残されています。
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正面には、ダムの洪水吐きを眺め、堤体直下の胆沢川を眺める位置に旧穴山堰の
「武兵衛穴出口」は残されています現在は落ち葉や土で埋もれそうになりながら、
かろうじて堰の出口がわかります。昔整備された看板が残りますが、
周辺の散策路と思われる柵跡も崩れおちてしまっており、整備が望まれます。
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ここの案内版には
「武兵衛穴出口」は、旧穴山堰の最初の穴堰
トンネル部の出口にあたります。
平成11年10月、約4mの地中から発見しました。
この場所は、穴堰の入り口となる七左エ門口から
下流約250mの位置にありますが、その間の岩盤を
掘り抜き水を流した当時の土木技術はまさに驚異的
と言われています。
 また、出口部分には、平堰(開水路部)を固定した
と考えられる松丸太の一部が発見され、そこにも先人
の知恵と努力が見られます。
とあります。
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この近くには「栃木横番」と呼ばれる堆積した土砂を取り除く作業用通路もあります。
そこも長年手つかずの状態が続いており、土砂に埋もれていました。
終戦後までは他の旧堰と同じく、旧穴山堰にも「穴山普請」があり、地域総出で補修作業に従事
していたようです。石淵ダムができ、周辺の灌漑設備が整うにつれ、忘れられていったこの堰に
脚光が浴びるのは、胆沢ダム建設が本格化する平成になってからのことだったようです。
そしてダム建設のため、長く立ち入りができなかった期間もまた
旧穴山堰はじっと息をひそめていました。
胆沢ダムが完成し、現在は周辺の整備中、この旧穴山堰も胆沢の水文化の最古の遺産として
整備、保存が強く望まれます。
※現在この場所への立ち入りは制限されていますのでご了承ください。
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