国分氏の代々の墓所

2014 12 18
胆沢区南都田字国分、
伊達藩氏国分氏が寛文年間から明治維新直後まで居住した館があり、
近年まで土塁の跡などが残っていたそうです。
屋敷跡の代々の墓所であった場所が小公園として整備されています。
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設置されている説明板には
 このあたりは国分(こくぶん)と呼ばれています。江戸時代から
明治維新直後までの二百有余年、ここに屋敷を構えていた
仙台藩士国分(こくぶ)氏に由来するもので、字名も早い時期に
「国分」となりました。
国分氏は、現在の長野県上田市あたりに本拠を持つ鎌倉時代から続く武士で
室町時代に伊達氏の家臣となりました。
 当時、国分氏の領地は江刺市愛宕にありながら、何故
わざわざこの地に屋敷を構えたのでしょうか。これには
すぐ南側を東西に走る仙台往還道と関連した仙台藩の
思惑があったのかもしれません。
この場所は国分屋敷の西隣にあたり、国分氏とその
類縁者の墓地があった場所です。現在は昔の墓地が残る
のみとなり、国分氏らの菩提は宝寿寺で弔われています。
なお、この一帯は縄文時代と中・近世の
遺跡として文化庁に登録されています。
      都鳥地域コミニュティ振興協議会  平成十三年八月二十六日 設置

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胆沢区国分・・・と聞くと思い出すのがまるかん菓子店ふわふわ苺の季節ですね。
もう販売は始まっているでしょうか?
まるかん菓子店の西側の道路を北に進むと右側にこの小公園があります。
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