後藤寿庵の偉業をたたえる碑

2015 06 02
徳水園・円筒分水工に湧き出すようにあふれる水、
その豊かさはこの地方をそのままにあらわしているかのようにも感じます。

一面に水がはられた田んぼ、きらきら輝く大地、
その昔、胆沢平野に水を引く難事業に着手し、幹線水路の基礎を作ったのが、
後藤寿庵だと伝えられています。
150601円筒分水工1
現在、円筒分水工で、水は茂井羅堰と寿安堰とにわけられ、
寿安堰は、小山を通り水沢区、前沢区域を潤しています。
150601円筒分水工2
徳水園には、胆沢平野を潤おすために尽力した偉人をたたえる碑が並んでおり、
その中の『五島壽庵之碑』に記されているのは意訳すると次のようなことのようです。

『寛永年間に寿庵というものがあった。
胆沢川の岸をひらき上流十分の四を区切って堰を掘り、
17カ村の荒野に水を及ぼした。その功績はいちいち数え上げることが出来ない。
けれどその事は、ただ村人の言い伝えに残っているだけである。』

前沢区霊桃寺住職東慚禅師が、この偉業を忘れられることを恐れ、
書いた碑文がそのまま書写されているそうです。
150601寿庵石碑1 150601寿庵碑1

後藤寿庵はキリシタン領主で、寿庵が西洋の技術を取り入れて
胆沢川から水を引き上げるといった事業を私財を投じて行い、
キリシタン迫害によって追われた後は、
千田左馬、遠藤大学といった人たちが寿庵の意思をついで完工させました。
150601徳水園
徳水園には寿庵をはじめ堰開削尽力した多くの先人を讃える碑が合祀されています。
そして、後藤寿庵の足跡をたどって全国から寿庵ファンの方が訪れる場所でもあります。
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