上愛宕の資料に載らない石碑群

2016 09 25
区内に点在する石碑を調べる時に利用している資料は
平成14年に発行された『胆沢町の石造物』の報告書と胆沢町史が主なものです。
その資料に載っていない石碑群が胆沢区若柳上愛宕の胆沢フィッシングセンターの南側に
あり、少し困りました。(;_;)
釣り堀石碑3 
山祇神社と刻まれているように見えますが、
年月日の部分を撮影しないでしまったため、誰が何年に建立したものかはっきりしません(´;ω;`)
釣り堀石碑2
釣り堀の旦那さんに聞いてみたところ
『今も4月と12月には何人かで拝みにくんだっけぞー、山仕事のひとだぢでねぇが?』
との情報をいただきました。
山仕事の事であれば(わたしの)山のお師匠さんに聞きにいくべぇ
釣り堀石碑1


そこで判明したことは

その昔、営林署の事業があった山ごとに、山の神様がまつられていました。
(石に神様を彫ったのも山仕事をしていた人たちだとのこと。)

各山の事業が廃止される際、神様をその場に放ってもこれず山からおろしてこの場所に
とりあえず合祀したものがそのままになっているのだそうです。
なぜこの場所かといえば、
現在はフィッシングセンターとなっていますが、
ここは石淵ダム完成後~昭和30年後半までは上愛宕の製材所、貯木場があった場所で、
お魚が泳いでいるプールは、当時は木を浸けておくプールだったとのこと。
石碑が並んでいるのはこんもりとした小さな山。
プールを作るときに掘りだした土が山になっているのだそうです。
いまでも参拝しに来るのは、民間の山仕事の人たちじゃないか、とのことでした。

胆沢の歴史は森林軌道があったことや今もバス停が『苗圃前』とあったり、
山仕事が人々の暮らしに深くかかわっていることがうかがえます。

森林管理署にこの石碑群のことについて問合せてはみましたが、
おそらく資料として残されているものはないのでしょう。回答がありません💦

作業の人たちがポツンとおかれた山の神様をもんじぇぐおもって、
もしくはとぜんこだと思って、一緒に祀ってくれたのかもしれません。
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