仙北街道 野がしらの追分碑

2017 06 12
栗駒焼石ほっとライン、
おろせ広場から数百メートルの山側にひっそりと建っている
『仙北街道下嵐江入口』の石碑。仙北街道を考える会によって設置されたものです。
170606のがしら1
山入りと称された山越えの始まりは下嵐江でした。
170606のがしら2
ここから山道を進み、杉林を抜けたところに『野がしら』と呼ばれるところがあります。
入口の石碑から約500mほどで到着します。
170606のがしら3
仙北街道が考える会が設置した『野がしら』の標柱とともにある2基の石碑が
『野がしらの追分碑』です。

大きいほうの石碑は
 文政二
西宮大神宮
 八月二十三日 
  右仙北之道
  左加子山
 当初万五郎六十六迄四十三年諸々売買
 仕候処此度禁宜池奉供養也  
   水沢石工清蔵

170606のがしら6
『加子山』はかね山のことで、
現在は『渋民ノ銀山』『金山鉱山』などと呼ばれていますが、
江戸時代にはあった渋民沢沿いの鉱山のことと云われます。
ここ、野がしらの追分から渋民沢方面への道が続いていたことを示すものですが、
その道は今はやぶの中です。

もう一つある石碑には

 明和二
      みぎせんほくみち
南無阿彌陀佛
 四月一日
      ひだりかね山みち


 こちらは大きいほうの石碑よりさらにふるいもので1765年のものでしたが、
西宮大神宮碑ばかりに気を取られていて、
帰ってきてから、こちらも追分碑だったことを知ったというテイタラク(;д;)

ちなみに西宮大神宮碑は、兵庫県西宮市の夷社に関する造塔とのこと。

ここから先、仙北街道をとおって秋田県へは約17キロの道のり。
気が遠くなるような山越えです。
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