仙北街道沿いに残る追分碑

2013 09 13
明治中頃まで秋田と岩手を結ぶ主要道として使用されていた仙北街道は、
水沢の東上野町付近で奥州街道から分かれて西へ進みます。
現在の国道397号と添うように進む箇所があり、追分石が残る場所があります。
徳水園から西に約800mの北側に一本の杉の木があります。
その根元にある追分石には『南無阿弥陀仏』と刻まれ、
[左は市野々みち、右は鹿合みち」と記されています。(1768)
堰袋1 堰袋追分案内板
市指定文化財の標柱がありましたが、草むらに眠っています。

また、ひめかゆ温泉の手前、300m付近の南側には
『右はまえ沢道 左ハ水沢道』と記されています。
これは秋田方面から来た方への案内のようです。(1738)
ここにも『南無阿弥陀仏』と刻まれており、亡くなった人の供養や旅の安全を祈る
当時の人々の想いが込められています。
追分碑 追分碑説明板
区内、小さな案内板が設置されているところが何箇所もあります。
見つけたときには、読んでみて下さい。

200年程前、秋田と岩手を徒歩で往来をした人々の足音が聞こえてくるかもしれません。
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